大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和27年(う)4370号 判決

被告人 武井島造 外五

〔抄 録〕

一、弁護人の論旨第一点及び第二点(被告人武井島造に関するもの)について。

凡そ業務上過失致死傷罪の成立に必要な業務上の注意義務の懈怠ありというためには、懈怠者にとつてその注意義務を遵守することが可能であること及び懈怠者にとつて人の致死傷なる結果の発生を注意すれば予見し得るものであることを必要とし、若しその注意義務がその遵守を懈怠者に期待できないような性質程度のものであるとき、又は右結果の発生を予見し得なかつたことが全く懈怠者の関知しない客観的な事情に基因する場合、すなわち、その結果の発生が懈怠者にとつていわゆる不可抗力の出来事と認められるような場合には、ともに懈怠者にその発生した結果に対する刑責を負わせることができないこと並びに注意義務の内容は、単に懈怠者の主観的な事情により決定すべきものではなく客観的且つ具体的にその場合の事情に応じて懈怠者と同一業務に従事する通常の者が一般に有すべき注意能力を標準として決定すべきものと解するを相当とすることは多言を要しないところである。

本件において原判決が被告人武井島造について判示した注意義務の内容は、凡そ電力工手が通電中の架線で碍子の取換作業を行うに当つては、万一架線を断線させるとこれに基く架線の広範囲にわたる垂下のため運行電車に災害を引き起す虞があるから、自己の使用するスパナの一端を通電中の架線に、他端をビーム等に接触させて短絡電弧発生を来さしめ、これがために架線を熔断させることのないよう注意する義務ありというのであり、原判決が判示した右被告人の右注意義務の懈怠及びこれに基因して発生した結果は、右被告人が原判示日時場所において原判示のように電力工手として碍子の取換作業に従事中原判示クリツプのナツトをはさんだ自己の使用するスパナ(詳しくはクレゼントスパナ別にモンキスパナともいう。当審証人大槻喬の供述参照)の尾部を誤つてビームに接触させたため、電弧を発生させ、これに驚いて反射的に身を山側(桜木町駅から横浜駅に向つて左側を指称する。なお、海側と称するは同じく右側を指称する、以下同様)によけて飛び下りた長谷川定雄(被告人武井と一組となつて原判示のように同一作業に従事していた者)の動作のため生じた包縛線と碍子枠との接触による電弧と頭初の電弧発生の際、右両名のうち何人かの反射的な逃避行動によつて五六のスパナが吊架線と碍子枠等とに接触しながらビームから落下したことによる電弧とが相次いで、発生し、これによつて同所碍子附近で上り吊架線(山側)を熔断し(以下第一事故と略称する。)これによつて原判示第四のような上り電車線と亘り電車線との間に約三十センチメートルの高低差を生じ因つて電車が下り線(海側)の原判示第十一号イのポイントから亘り線を通つて上り線(山側)に進入することは原判示のような危険な状態となつていた。そこへ原判示第十二のように被告人中村曄の運転する一二七一B下り電車が亘り線を通つて進行して来てその先頭車のパンタグラフの集電舟の右翼端を原判示構副第七、八号柱間の垂下した上り架線の吊架線と電車線との間に突入させ、右集電舟で同所のハンガー数本を順次切断して進行し、その都度パンタグラフに衝撃を与え、且つ、これを右回転させながら後方に強圧してパンタグラフの第三取付碍子を破損し、その電気絶縁機能を破壊したため同所において電車線と車体(パンタグラフのベース)とが短絡状態となつて電弧を発生させ、被告人中村において右電車を急停電させたが、電弧の約四分間の継続発生(以下第二事故と略称する。)に因り、一二七一B下り電車の第一車輛であるモハ第六三七五六号の床を除いて木造部分をほとんど全焼させ、同第二車輛であるサハ第七八一四四号の天井は一面、客室内は第一車輛に最も近い側の引戸附近まで延焼させ、因つて原判示のように第一車輛の乗客百名をその頃同車輛内で死亡させ、同様の乗客六名を火傷後国際親善病院等において死亡させ、又電車火災又はこれに伴う混乱により同電車の乗客八十余名にその頃同電車内等で火傷その他の傷害を負わせたという事実(以下本件損害と略称する。)である。

よつて前記原判決の判示した注意義務を原判示第一事故当時の被告人武井と同程度の一般国鉄電力工手に課することは相当かどうか、被告人武井にその遵守を期待することが不可能な事情が存していたかどうかについて検討を加えると、いずれも当審における証人佐藤秀郎、同牛田幸太郎、同城之内国一の各証言に原審証人樋沼丑五郎、同牛田幸太郎の証言、原審における武井島造の証人並びに被告人としてした供述、その他関係証拠を総合考察するときは、国鉄において一般電力諸施設の保守作業施行作業等を担当する電力工手は、本件損害発生前においては尋常小学校卒業程度の学力試験を経て採用され、その後三カ月間の講習を受けるのであるが、電力工手は労務者であり前記作業に従事するに耐え得る体力を有することを主眼とする関係上、その教育内容は電力工手としての実務技術を教えるのが目的であり電気に関する学理その他専門的な高程度の知識などは、これを教えたり指導したりすることは皆無であり、ただ実際前記作業に必要な常識程度の低い知識を授けるに過ぎない建前であり、被告人武井も、その例外ではなく、右程度以上の数育経験を得ていたものとは考えられない。すなわち、被告人は、高等小学校を卒業した後原判示のように東京急行電気鉄道株式会社電力工手として約十年勤務した後国鉄大船電力区電力工手として約三年の経験を有するに過ぎないものであつて、本件各事故発生当時も引きつづいて一工手として事故現場その他を管轄区域に持つた大船電力区保土ケ谷配電分区に所属していた者であつたのである。

而して本件第一事故を生じた被告人武井の担当の作業の如きは、いわゆる活線作業、高所作業と称され、前記電力工手の作業としては最も危険のものであり、高度の注意を必要とされ疲労度も高くこれがために特別の手当も支給される実情にあることを知ることができるのであるが、その作業が非常に危険であるからといつて、それが専門的学理的知識を有しない電力工手の業務として不可能を強いるものであると断ずべきであるならばともかく、これが電力工手としての当然の業務として従来どおり行われなければならないとすれば、これに伴う危険は、それが単に自己の生命身体に関するものと否とにかかわらず、これを避けるために万全の注意を致すべき責任があるとしなければならない。従つて、なるほど、本件第一事故現場における作業は右に述べたようにいわゆる高圧電力通電中の活線高所作業であつて危険極まるものであるから、被告人武井としても碍子の取換作業を相当の注意をもつて自己の生命身体の安全を保ち架線を断線せしめないように努力したであろうことは洵に所論のとおりであろうけれども、一般電力工手に対し前記のような原判示注意義務を要求することは以上に述べた電力工手一般の学識経験職務に照らし自己の生命身体を防衛する見地から考えても極めて当然のことに属し、電力工手の一員である被告人も第一事故発生当時格別心身に異常のなかつたことは前記被告人の供述に徴し明らかであるから、右被告人に対して右注意義務の遵守を期待することは、他に特段の事情を認めるべき証左の存しない本件では決して難きを強いるものでないこと社会通念に照して考察しても極めて当然のことであつて、所論の強調するような前記危険作業たればこそなお更にこれが遵守を要求されるものといわなければならない。されば原判決が原判示注意義務を被告人武井に対し認定したことは洵に相当であつて所論のような不当なものということはできない。

次に進んで被告人武井に本件損害の発生を予見することが可能であつたか、或は不可抗力として右被告人の刑責を免ぜられるべきものであつたかどうかの点について按ずるに、先ず前に掲げたような資格、職務、能力、知識を有するに過ぎない国鉄電力工手たる被告人としては、列車の運転間隔が何分か、信号関係の諸機器が如何なる関連装置になつて如何に動作するか、前記第一事故により生じた架線の垂下により前記亘り電車線と上り電車線との交叉点附近における高低差がどれ位か、如何なる物理学的な原因経過により第二事故及び本件損害が発生したか、電弧発生と火災発生との間の諸条件はどうであるか、本件に関係する高速度遮断器の設備状況、その性能、効果、その動作する場合の条件如何、鶴見饋電室と横浜変電所の距離的関係及びその中間に電車の存在する可能性等より短絡箇所に継続送電される可能性の有無とその条件、発生した本件損害の具体的状態等について遂一詳細に科学的にこれを認識することの可能性のないことは洵に所論において詳細論及しているとおりと思われるのであるけれども、本件構副第四号柱における第一事故の上り吊架線の断線により横浜駅、桜木町駅両方面の吊架線及び電車線に影響を及ぼし架線に垂下を来し、構副第七、八号柱間における亘り電車線と上り電車線との交叉点附近においてある程度の高低差を生じ、ここに下り電車が進入して来るにおいては、そのパンタグラフの集電舟を上り吊架線と電車線の中間に割り込みパンタグラフを破壊したり架線を断線させたりし、場合によつては通電中であれば右架線とパンタグラフその他電車の車体部分に短絡し電弧を誘発する可能性のあること、更に悪くすると右電弧の発生によりその程度並びに範囲は兎も角として車体の木造部分等に火災を生じたり乗客に火傷その他身体生命に危害を与える可能性もあることを概括的に右被告人において予見し得ることが不可能でないことは、健全且つ合理的な社会通念に照し当然のことと思料されるのであつて、これをしても予見不可能と断定することは全く異常な間違つた判断といわなければならない。蓋し予見可能か否かの判断は必ずしも所論の一部にみられるような結果発生の認識の必然性の問題ではなくその蓋然性を検討すれば足りるからである。而して前掲武井島造の供述によれば、被告人武井は、本件損害発生当時上下電車の運行間隔は正確には知らないが相当頻繁であつて桜木町駅行下り電車(海側)は前記第十一号イのポイントを経て亘り線を通つて上り線(山側)に入り桜木町駅のいわゆる二番線に到着すること、いわゆる活線作業中に吊架線を熔断してその影響で架線が相当程度垂下し亘り架線との間に高低差が生じておりこれに電車のパンタグラフをひつかければこれを破壊するであろうことは認識していた事実が窺えるのであつて、この事実から推しても通電中の架線が、原因はいずれにしても切断し、これと電車の車体その他に短絡すればその長短強弱は兎も角として電弧を発生すること及び電弧発生により場合によつては(特に木造部分の多い車体等においては)火災発生の危険があることは前に述べたような電力工手たる被告人武井において当然予想され得べき事柄であり(現に当審証人佐藤秀郎及び同野崎義勝の各証言並びに弁護人の当審に提出した電車線吊架線事故一覧表の記載によれば電力工手等に対する教育課程においてパンタグラフを破壊し接地すれば停電するが、接地しないときは瞬間的な電弧を生じ電車の屋根に小穴をあけることが予想されるという程度のことは話していた実情であつて又その原因は異なるにしても電力関係の事故により車台が火災となつた事故は稀有ではあるが絶無でないことを知り得るのであつて、この事柄は右の推認の一論拠となり得る。)、又いわゆる六三型電車は戦争中戦争後に亘つて資材不足の折から輸送力増強の必要にせまられて急造された欠点の多い車体であることは当時国鉄労働組合等を始めさかんに主張されていた顕著の事実であつて、本件事故当時桜木町駅を発着する電車にも編成されていたことは国鉄従業員たると否とを問わず当然予想し得べき状態であり、且つ、如何なる電車にも(荷物車廻送車は別として)乗客の存することはこれ又当然予見可能の事柄であるから、若し前記火災の発生した場合は、その程度範囲は不明であるにもせよ、乗客の間に混乱を生じこれに因りその身体生命に幾千かの火傷その他の損傷を蒙らせることもあり得べきものと推察され得ることも亦当然可能の事柄に属するからである。なるほど、原審における鑑定人中島好忠及び当審における鑑定人大槻喬の各鑑定の結果、右中島好忠が原審及び当審でなした証人としての供述、所論引用の各証人の供述、その他関係各証拠を記録につき検討するときは、原判示本件損害の発生は、本件電車がいわゆる六三型に属しその車体構造に欠点少くなく、特に木造部分が多く耐火的に弱いものであつたことパンタグラフの取付枠が二重絶縁装置でなかつたこと、横浜変電所の高速度遮断器がいわゆる兀型給電回路を構成せずT型であつたため第二事故の発生に当り横浜変電所の高速度遮断器が動作したにかかわらず鶴見饋電室の高速度遮断器が動作せず従つて午後一時四十四分頃から同四十八分頃までの間第二事故現場に継続給電されたことが直接又は最有力な物理的な原因となり、その損害を拡大したもので国鉄としても未曾有の惨事となつたものであることは、これを窺うに難くないのであるけれども、損害の程度が未曾有の大きさであることは損害の量の問題であり質の問題とは直ちに断定し得ないところであり、又被告人武井が高速度遮断器の性能構造、動作、短絡と電弧発生この場合における継続給電の問題及びこれに続く火災の発生条件等に関する科学的専門的知識、或は六三型電車の欠陥に対する具体的詳細な知識を持つていなかつたことは洵に所論のとおりであろうと思料されるけれども、先に述べたとおり被告人の刑責の有無を判断するに必要な予見可能の有無は必然性を問題とする要はなく蓋然性の有無を判定することをもつて足りるが故に右被告人にして右意味における予見可能性が前敍のとおり窺い得られる以上その可能性を排斥して右の事由によつて本件損害の発生を被告人等にとつて不可抗力とするに由ないものである。而して原判決が「―――ここに電弧を誘発し、電車火災を発生するであろう危険な状態(当時同所附近に対する給電は、横浜変電所と鶴見饋電室の両方から給電される装置になつていて、近距離の横浜変電所の高速度回路遮断器が前記のような短絡に応じて回路を断つても、遠距離のしかも中間に電車の存在する可能性の多い鶴見饋電室の高速度回路遮断器が動作しないで短絡箇所に継続給電されることも十分予想されるような状態になつていた。)を現出したのであつて―――」(原判決一六頁)と判示していることは所論のとおりであるが、その判文の前後を通じてこれを精読すれば、その措辞においてやや不正確な表現ではあるが前記鑑定の結果やその他の関係証拠によれば、鶴見饋電室から遠距離にある桜木町駅附近のような地点に事故が発生し異常電流が突発して、たとえ、横浜変電所の高速度遮断器が動作しても、鶴見饋電室の高速度遮断器が動作しない場合も理論的に考えられ、その結果横浜変電所の高速度遮断器がT型給電回路である関係上鶴見饋電室よりの給電が依然継続され、従つて短絡箇所に継続給電されることも起り得る可能性があることが認められるのであつて、原判決はこの事柄を関係証拠によつて認め得るのでこの点から本件上り電車線と亘り電車線との交叉点附近の架線の高低差ある箇所に電車が突入した場合に予想し得る短絡、電弧誘発、電車火災人の死傷の発生の危険状態を現出する可能性ありと判断しその説明として挿入したものであることを知ることができ、これによつて被告人武井に対しこのような危険状態の具体的詳細な内容特に高速度遮断器の不動作による給電継続の可能性を予見し得べかりしものと判示し右被告人に対しこの点の予見義務を認めているものとは到底解されない故、この点を捉えて原判決に瑕疵あるものとすることは許されないところである。

然しながらこのような電車並びに電力関係の設備に不備欠陥の存することは被告人等従業者に対してもその列車のダイヤに従つた安全運転を確保する上において過重な負担を与える結果ともなるのであるから、当局者としてはその不備の除去改善に努力を尽さなければならないものであるが、本件事故当時としては国鉄の財政並びに資材確保の状態において、洵に止むを得ざるものであつて、その従業者に対してこのような設備の不完全なる事実を前提としてこの事態に対処し過ちなきよう一層の深甚なる注意を尽すべく期待することはまさに当時の交通運輸の実状に照し条理上当然の要請である。従つて右の事情は被告人等の刑責の有無を論ずるに当つては何ら影響を及ぼすべきものではないが、その刑責に関する情状としては十二分これを参酌考量しなければならない事項であるといわなければならない。

然り而して原判決挙示の証拠によれば被告人武井に関する原判示犯罪事実を肯認するに足り記録を精査検討し当審における調査の結果を参酌するも原判決の事実認定並びに被告人に対する注意義務の認定には何らの過誤あることを認められない。果して然らば以上の詳述したところにより被告人の所為たるや業務上過失致死傷罪を構成し、被告人はその刑責を負担するや勿論であるから、原判決には所論のような法令の適用を誤つた違法等は存しないものといわなければならない。論旨はいずれも理由がない。

二、同弁護人論旨第六点及び第七点、弁護人Bの論旨第一点乃至第四点並びに第六点(被告人平井育造に関するもの)(但し因果関係の存在を争う部分を除く)について。

敢えて電力工手のみと限らず、凡そ鉄道従業員が鉄道線路において作業中列車を進行させることの危険を感じた場合は、列車の進行や停止を命ずることをその最も重要な任務とする信号掛が附近に存在し、これに連絡することが可能な限り、先ず信号掛に連絡して列車の進行を停止させるよう信号手配をすることは当然であるけれども、これに間に合わない場合或は右連絡中にも列車が進行し来るやも計り知れない場合においては、右連絡手段を講じたからとてそれをもつて自己の責を尽したりとするに由なく、現在のさしせまつた危険に対してはこれを回避できるように自ら適宜万全の策を講ずべき義務あること洵に当然であつて、この点についてたとえ、所論のように鉄道部内における諸規定、例えば、運転取扱心得、電車事故復旧手配内規乃至は電気従事員職制及服務規程等に如何様な規定があり、被告人等が本件第一事故発生に際し右諸規定に定めてあることを誤ることなく遵守したとしても、これらの諸規定は先に述べたように通常生ずるであろうと思われる危険その他の事故を予想してこれに対処すべき一般普通の措置を規したものであるから、それに従つたとの故をもつて前記義務を排除する理由とすることを得ないものである。従つてこの点に関する所論は全く条理を無視した独自の見解であつて到底これを採用するに由ないものである。

ところで本件において原判決が被告人平井育造に関し判示した注意義務は、原判示第一事故の発生により判示下り線から亘り線を経て上り線に電車を進入させることの危険な架線状態を察知していた右被告人としては、被告人中沢が「信号扱所に連絡に行つてくるから後を頼むぞ」といつて信号扱所に行つた後は、自分が残りの電力工手等のうちで最上席の電力工手副長であり、且つ当日列車番に指定されていたのでもあるから、自ら下り軌条のポイントを見ることによつて次の下り電車が亘り線を経て上り線に入ることになつているかどうかを自ら確め、または他人に命じて確めさせ、若し入るように軌条が構成されておれば、被告人中沢が信号扱所に連絡して適宜の措置(軌条構成の変更又は場内信号機の赤信号への変更)を採らせる前に電車が進入しないように持参の手旗で下り電車に対して進行停止方を現示する方法を講じ危険箇所に電車を進入させないようにしなければならない業務上の注意義務ありというのであつて、この判旨は冒頭に述べたと同一趣旨であつてその具体的注意義務の判示方法としても極めて妥当のものと思われる。この点につき所論は特に被告人平井にのみこのような注意義務はなく又被告人平井にこのような注意義務を期待することはその経歴教養の程度にかんがみ不可能を強いるものと抗争するのである。よつて按ずるに、本件第一事故発生後当日の碍子取換作業の指揮者である電力工手長中沢が構副第四号柱下において集まつた被告人平井等に対し誰に対するともなく「信号所に連絡に行つて来るから後を頼む」という趣旨の不確実な言葉を残して信号扱所に走つて行つた後において、被告人等は等しく事故復旧作業に努力するとともに列車の安全にも注意を払わねばならないこと勿論ではあるが、就中被告人平井としては原審における同被告人及び被告人中沢の供述その他関係証拠によつて明らかなように大正十三年以来国鉄に勤務し電力工手として約二十六年間、電力工手副長として約二年間の経験を有し保土ケ谷配電分区において被告人中沢の下に電力関係の各種作業に従事しており、毎週土曜日右中沢の休暇日には先任電力工手副長として同人に代つてその指揮に当つていたものであり、本件事故当日は右中沢から特に原判示職務を有する列車番に指定され地上にあつて通過電車に注意し柱上の作業者等に電車の到来を知らせたりして作業者の列車に対する安全を図るとともに電車についても危険を生じないように注意する役割を勤めていたのであるから、被告人平井としては右中沢が事故発生の位置を離れて信号扱所に連絡に行くことが、所論のように電気従事員職制及服務規程第百九条ノ二に定める電力工手長不在に当らないものとしても、なおかつ少くとも右工手長が右事故位置を離れ信号扱所に赴いたために、同人がその往復する時間中は、現在工手長として如何に努力しても刻々に変化する事態に対する臨機応変の措置を採ることを部下に指揮し又は自ら該措置を講ずることの事実上不可能であることに思いを致し、少くとも右往復の時間中は(所論は原判決が被告人中沢が信号扱所に入るのを見きわめる迄と被告人平井の責任を限定しているというもこれは原判決を精読しない誤りである)特に中沢に代つて臨機の措置を自ら講じ或は部下の電力工手をしてさせることが当然要求されるものといわなければならない。又軌条構成を見ることや信号の現示を見ることが所論のとおり被告人等電力工手の教育課程においてなされておらないとしても、本件第十一号イのポイントが如何になつておれば上り電車はどの線に入るかは通常人にても識別可能であり、場内信号機の現示を解読することも、それ程の専門的能力を必要としない(なるほど、構副第四号柱附近において身体を移動させないで右軌条構成並びに信号機の現示を見ることは困難であるけれども、当審の検証の結果、原審における同附近の検証調書の記載によれば、右構副第四号柱は第十一号イのポイントよりの距離約七十二米、横浜駅寄りにあり、又同所は右信号機の死角にあたつているわけであるから、その現示を見るためには少くとも十六米以上、これを容易に確認するためには約三十五米以上、すなわち構本第三号柱附近迄横浜駅寄りに行かねばならない関係にあるのであるが、同被告人達のその位置を右の地点迄それぞれ移動せしめることは当時の情況の下においても、それ程の労力と時間を要するものとは推測されないから、その動作は可能であると認められる。)のであつて、仮にこの処置を被告人等に期待すること不可能であれば、これにこだわることなく持参している手旗によつて危険信号を出して下り電車乗務員に知らせたらそれをもつて足るわけであつて(かかる事態に処するために手旗は持参していること明らかである。)そのいずれを採るかは自己の能力と判断によつて決め得ることであり、全くその措置の順序は臨機適宜に選択することが被告人等に要求される万全の策の現実化であるわけである。従つて原判決の判示した被告人平井に関する注意義務もまたこれと同趣旨と認められ、このような注意義務を被告人平井に要求することは決して不可能を強いるのではない。

然り而して原判決挙示の証拠によれば、原判示第七の被告人平井の業務上注意義務懈怠の事実、殊に被告人平井は第一事故発生により上り架線に垂下を生じその影響によつて下り電車を前記第十一号イのポイントを経て上り線に普通の速度で進入させることの危険を感じており正確なダイヤは知らないまでも下り電車は大体十二、三分の間隔で運転され、桜木町駅では当時上り線下り線交互に、従つて前記亘り線を経て上り線に到着する電車もあること並びに当時桜木町駅にはいずれの側にも電車のいなかつたこと、当日人夫牛田幸太郎が手旗を持参して来ていたこと等は知つていたのであるが、中沢工手長が前記のような言葉をいい残し信号扱所に走り去るや、被告人平井は中沢が電車防護の方は自分が連絡して来るから復旧工事の方に専念して貰い度い趣旨と軽信し下り電車の進入に注意を払わずその防護手配を何等講じない儘復旧工事の方に専念して居り、従つてポイント場内信号機の現示等に何ら意を用いず、原判示下り電車の進行を見送つた事実を肯認するに足り、記録を精査検討し当審証拠調の結果に徴しても右事実認定に過誤ある廉は発見できない。而して既にA弁護人の論旨第一、二点に対し被告人武井の関係において詳述したと同じ理由をもつて、より一層被告人平井に対しては本件損害の発生は予見可能であつたものと思料されるから、原判決が以上の事実に基ずき被告人平井に対し本件につき業務上過失致死傷の刑責を負わせたのは固より当然である。これを要するに原判決には所論のような証拠に基ずかない理由不備の違法があるとか、事実認定の誤乃至は法令適用の誤等所論のような違法は存しないものといわなければならない。論旨はいずれも理由がない。

三、弁護人Cの論旨第一点(但し(一)(二)を除く)及び第二点(被告人高原豊秋の関するもの)について。

原判決挙示の証拠によれば、原判示第八及び第九の被告人高原豊秋に関する犯罪事実殊に被告人高原と被告人中沢との原判示信号所における問答が判示の如くである事実を肯認するに十分であり、この点に関し所論のような事実誤認の過誤なきこと、既にA弁護人の論旨第四点において被告人中沢の関係において判断したとおりであるから、ここにこれを援用し繰り返しこれを詳述しないこととする。而して原判決の採証した被告人中沢の供述等が所論のとおり真実性のないものとは記録を精査し関係証拠を検討しても、到底これを認め得ないのであつて、この点に関する所論は原審の適法に行使した証拠の取捨選択の権限を攻撃するに過ぎない。而して被告人高原は、桜木町駅信号掛として、運転掛の職務を担当する同駅助役または予備助役の一般的指揮の下に同駅信号扱所に勤務し、原判示連動機を操作して、通常は、上下電車の発着が電車運行表の定めるとおり行われるよう転轍して、信号を現示するのであるが、場合によつては、運転掛の指示を受けて若しくはその余裕のないときには同掛の指示を受けずに、自己限りの判断によつて電車の着線を変更し、または電車の進路に支障のあるときは、その区間を防護する信号機に進行許容の信号を現示することのないようにすべき職責を有するものであること原判決認定のとおりであるから、右職責上当然に電車の進路に危険あるときには、その進入を防止し危険の発生を未然に防ぐよう万全の策を講ずべき義務あるや勿論であつてこの危険あることの発見にはできるだけの注意を払い、殊に他より危険発生の虞あるような事項の連絡を受けた際には、危険発生の虞ある事項を認識する前提としてまずその連絡事項を正確に把握するように努めねばならないものであることは極めて当然のことであるが、被告人高原にこの程度のことを期待することまた可能であつて、期待不可能な事情は本件証拠によつては発見できないところである。

然り而して本件において被告人高原は当日午前中九時三十分頃から午前十一時過まで桜木町駅構内の関係ポイントの清掃注油等の作業をしており午前十時頃第十二号ポイント構本第八号柱の辺を掃除中電力工手数名が場内信号機辺り(四号柱附近)で上り線の架線工事をしていること、更に昼頃電力工手達がその辺の東横線寄りを歩いておることを知つており、且つ、本件被告人中沢から連絡を受ける直前には、軌条の構成並びに場内信号機の現示については、下り電車が第十一号イのポイントから亘り線を経て上り線に入り桜木町駅ホームに到着するようにその許容の信号を現示するように自ら処置したことは被告人の検察官に対する供述調書、原審公判廷における証人並びに被告人本人としての各供述に徴し明らかであるから、このような際に被告人中沢から、その意思においては上り線構副第四号柱において架線を切つたから下り電車を前記亘り線を経て上り線ホームに到着させることは危険である。下り電車を上り線に進入させないようにして欲しいという趣旨で、その表現においては、「架線を断線させたので、上りはいけない」というような不明確な言葉で連絡があつたわけで、被告人高原としては、先ず第一にその断線は如何なる箇所に生じたのか上り電車の発車がいけないのか、上り線に下り電車を進入させることがいけないのか正確にその意味を確認できるまで問いただすか、或は容易に自らこれを見る可能性ありと思えば信号扱所の窓をあけ或は窓越しにこれをたしかめなければ、信号掛としてその断線により生じた危険に対処する措置を講ずる判断の基礎が確立されないのであるから、当然このことが危険防止万全策の一として要求される筋合であつて原判決のあげた被告人高原に関する注意義務もまたこれと同趣旨のものと認められる。然るに被告人高原は被告人中沢の言葉を単に上り電車を出発させることはいけない趣旨と速断し、その趣旨において二三の言葉のやりとりを原判示のようにしたのみで、更に上記の如くこれを問いただすことも、信号扱所からその断線箇所及びそれによる影響の及ぶ架線の状態を見ることもしないで(このことはこれによつて正確に構副第四号柱の断線、それによる上り電車線の垂下、原判示上り電車線と亘り電車線の間の高低差を生じた箇所の全般の模様殊に高低差のある地点並びにその程度を的確に知ることのできないことは、当審の検証の結果に徴するも、これを窺い得るのであるが、少くともある程度の概観による危険の虞あることの認識は得られるものと判断される。)、従つて右危険箇所に下り電車を亘り線を通つて進行させることの危険を感じなかつたので亘り線に入る前に下り線において下り電車を停止させるとか、或はこれを下り線(海側一番線)に進入させる措置を採らないで、第十一号イのポイントにおける軌条の構成並びに場内信号機の現示を上り線(山側二番線)到着許容の儘としておいたものである。これらの点に関し、信号機と転轍器は信号掛の一回の連動機の動作によつて作用するものであつて、電力工手、保線工手、運転手たるとを問わず、その現示について一応の解読能力を有し又その義務を有するものであるとの所論については、当裁判所亦これに同意見であるけれども、これあるが故に、かりにこの点に被告人中沢において過失の責任が存するとしても、所論のように前記被告人中沢と被告人高原間の問答において被告人高原に前記注意義務の懈怠を認め得ないか、もしくはこれが解消するとなす所論は遽に採用し難い。蓋し如何なる条件の下においても本件の如き危険箇所に何時電車の進入するやはかり知れない場合においては、簡単明瞭に相互の意思を間違いなく疎通し、完全な了解の下に理解した事実に立脚して自己の職務として可能なる限りにおいて万全の策を建て一刻を争つてその具体化をいそぎ損害の発生を未然に防止しなければならないこと条理上極めて当然のことであるからである。従つて前に被告人中沢に関するA弁護人の論旨第四点に対する判断として示したとおり右問答における注意義務の懈怠は右被告人両名の双方に存するものとしなければならない。さればこの点において原判決の判示並びに判断に所論のような違法は認められない。

次に進んで被告人高原にとつて第一事故より影響を受けて生じた第二事故を認識し得べかりしものであつたか、延いては、本件発生した死傷という結果が生ずることを予見できたであろうかどうかの点について考察するに、被告人高原の原審における証人並びに被告人本人としての供述、原審証人飯田政信の供述その他関係証拠を綜合するときは、被告人高原は尋常小学校を卒業し大正十年以降鉄道職員となり主として駅関係の職務に従事し居り、昭和十九年九月信号操車掛の養成講習会修了後東京駅信号掛に、次いで昭和二十五年十月桜木町駅信号掛となつたものであつて、電気関係については特別の専門的知識を有していないことを肯認できるのであるが、前記の如く被告人中沢から架線が切れた由知らされたのであり、且つ架線が如何なる原因にもせよ切断した場合には、その切断箇所を中心として左右の架線に垂下を来し、その影響するところ極めて速かに且つ広範囲に及ぶであろうこと(さればこそ所論引用の電気従事員服務規定に「作業の敏速正確を期する所以は電気設備に故障を生ずるときは一小部分に起りたる場合と雖もその影響極めて速かに且つ広きに及ぶものなればなり」とある所以も了解される。)及びその垂下が正常の亘り電車線と垂下した電車線とが交叉する地点においては相当の高低差を生じそこに電車が進入すればパンタグラフの一部をその箇所に突き込み又架線を切つたりパンタグラフを破壊したりする危険のあることは、当然通常の常識を具えた国鉄従業員には予想するに難くないところと推測されるのであるから、若し被告人高原にしてその前掲注意義務を尽して被告人中沢の言葉を確実に了解するように努めたならば、第一事故を確実に知り得ると共に当然将に来るべき本件一二七一B下り電車を第十一号イのポイントから亘り線を経て上り線を進入させることを許容すべきでないことを知り得たであろうと思われる。而して又右亘り線を経て下り線に進入するように自ら軌条構成並びに信号現示をして居るのであり、且つ通電中に架線を切り短絡すれば電弧を発生するであろうこと、若し電車の車台に短絡し電弧を発生し、その車台が木造部分が多いような場合においては、場合によつては火災を生じ電中の乗客が混乱に陥り火傷その他の負傷をし最悪の場合にはその生命にも危害を及ぼす虞のあることも決して吾人の常識において予想不可能の事柄ではないのであるから、被告人高原においても、更に右電車進入の結果は(殊に当時いわゆる六三型電車には幾多の欠点あり車台が木造部分が多いことは公知の事実に属し国鉄労働組合においても問題とされていたのであるからこのことは被告人高原においても当然知つておる筈であり、この認識を欠けば甚しき不注意である。)、右のようなパンタグラフ破壊、短絡、電弧発生、電車の火災、乗客の混乱、死傷の発生の経路は、詳細且つ専門的物理学的な因果関係、発生すべき結果の範囲、大小は兎も角として、一応の常識程度の認識予見は可能であること、既にA弁護人の論旨第一、二点に対する判断において被告人武井関係において論及したとおりである。而してこの点について当時何らかの障害があつて被告人高原にこの予見を期待することが不可能である事情は、本件全証拠を検討しても遂にこれを発見できないのである。この点に関する所論は畢竟自己に有利な証拠に立脚し独自の見解を強調するに過ぎないものと思料される。

果して然らば被告人高原の所為は、原判決認定のとおりその注意義務を懈怠し予見可能な本件損害の発生を防止できなかつたものであるから、原判示業務上過失致死傷罪を構成するや勿論であつて原判示法条の適用に誤りはない。

これを要するに原判決には所論のような理由不備乃至理由のくいちがい、法令適用の誤、事実認定の過誤等何らの違法は認められないから、論旨は、いずれも理由がない。

四、原審検察官の論旨第二点の一(被告人中村曄に関するもの)について。

当裁判所の認める電車運転士の前方注視義務の内容はD弁護人の論旨に対する判断の冒頭において説示したとおりであつて、複線区間を進行する場合において隣り線に対する注意は、自己の進行する進路を主体としてこれに関聯を持ち自己の進路に影響を及ぼす虞のあると認め又は認め得べかりし場合に限るべきものと解するのが相当である。然しながらそれ故に隣り線に異状を発見しても自己の進路に危険を及ぼさないものと認められる限りこれを放置しても可なりというのではなく、偶々このような危険箇所を発見した場合その危険を除去し事故の発生を未然に防止するに努力すべき義務あることは独り関係鉄道職員に限らず一般に課せられたものであること条理上当然のことであつて、所論の運転取扱心得第五百四十五条が運転途中の運転士に所定の処置を要求しているのも亦これと同趣旨であつて、この規定によつてもこの様な場合隣り線の危険を発見することを運転士の義務としているのでなく発見した場合の措置として採るべき手段を義務づけているものと解しなければならない。蓋し高速度の交通機関の運転士の前方注視義務の内容に常に隣り線の自己の進路に関連又は影響のない危険の発見までも包含させてその遵守を期待することは余りにも負担過重な不可能を強いることと思われるからである。この見地から原審のこの点に関する被告人中村の注意義務に関し、場内信号機から横浜駅寄り約三百米の地点(第三二号柱附近)において隣り上り架線をも注意し架線故障を発見しなければならない注意義務があつたものとは認められないと判示した点を考察し、記録に現われた諸般の証拠を検討するも、右判示するところは、当裁判所の見解と全く同一に帰しこの点の認定に何らの過誤ないものと考えられる。

すなわち、所論は進行中に前方注視の範囲内において何人も発見困難な程度の架線故障ならば格別、本件の場合は右地点において一応前方注視の範囲内において隣接線路の故障の発見可能なるにかかわらず被告人中村がこれを怠つたのであると主張し原審証人柴内禎三及び同榊原長平の供述を援用するのであるが、この点に関しては当裁判所も亦原裁判所の判示するところと同一理由により輙くこれを措信しないものであり、このような場合一方において場内信号機の現示に注意を集中しながら、同時に何ら予備知識を与えられていない架線事故を本件事故当日の条件の下において進行中の下り電車から発見し得べかりし可能性は存しないものと考えられる。尤も被告人中村において右地点進行の際に桜木町駅場内信号機の上り線(山側二番線)到着許容現示の信号を確認すると同時に同所附近の上り架線、構内第四号柱附近の上り架線断線、更には第十一号イのポイントを通つて亘り線に入り、上り線と交叉する箇所の架線の状況のいずれかを認め得たならば、被告人中村に所論のような注意義務を課することは以上に述べたところにより当裁判所亦これを相当と判断するのであろうけれども、これを認むべき的確な証拠はないのであるから所論は採用するに由ないものである。結局所論は独自の見解に立脚して正当な原判決の認定を攻撃するに過ぎない。論旨は理由がない。

五、A弁護人論旨第八点及び第九点、B弁護人論旨第六点中因果関係なき旨主張する部分(被告人武井島造、同中沢重二、同平井育造に関するもの)について。

凡そ業務上過失致死傷罪において、過失者に刑責を負わせるために必要な過失と結果たる致死傷の間にいわゆる因果関係が存在しなければならないことは言を俟たないところであるが、法律上特定の過失と特定の結果との間に因果関係ありというのは自然的物理的な必然的因果の関係をいうのではなく、これを一般的に考察してその過失によつてその結果が発生する虞あることが社会通念上予想される場合、換言せば、その結果発生の可能性を認めるのを相当と判断される場合を意味するものと解しなければならない。すなわち、ここで問題となるのは結果発生の蓋然性でありその必然性をいうのではないのである。従つて、たとえ、過失が同時に多数競合したり、時の前後に従つて累加的に重なつたり、或は他の何らかの条件がこれに介在又は加功し、しかも条件が発生した結果に対して直接且つ優勢なものであり、問題とされる過失が間接且つ劣勢なものであつたとしてもその過失と結果との間に前に述べたような可能性を認めることを相当とすると判断することが社会通念上妥当である場合においては、その過失と結果との間になお法律上の因果関係ありといわなければならない。これを逆にいえば適時に過失者がその要求されている注意義務を遵守しておれば、その結果の発生を阻止し得たと一般的に高度の蓋然性をもつて推測し得る場合において法律上の因果関係の存在は肯定されるものである。而して右過失と結果との間に右の如き意味の因果関係が認められる限り、偶偶結果たる致死傷の程度範囲が数量的未だ経験しなかつたような甚大なものがあつたとしても、これがために右過失によつてはこの結果発生の可能性なきものとして右過失と結果との間に因果関係なきものということはできないのであつて、この点は過失者にとつても責任の存否に関連する問題ではなく、責任の大小、軽重乃至程度に関連するいわば情状の問題となるに過ぎないと解するのが相当である。

今これを本件について、被告人武井、同中沢、同平井、同高原、同中村について原判決の判示した注意義務(当審もこの存在を認めるのを相当とすること既に各論旨につき説明したとおりである)の懈怠と本件結果である致死傷との関係を一般的に考察し被告人等と同じような職歴経験、学識能力を有する電力工手、同長、同副長、信号掛、電車運転士について検討してみるに、先ず原判示のような通電中の上り架線における碍子の取換工事について電力工手の不注意により架線を切断すれば、これに因つてその左右架線の影響を及ぼし判示亘り電車線と上り電車線の交叉点附近において高低差を生じこれに電車が進入しパンタグラフを突きこめば、これを破壊し、場合によつては車台と短絡し電弧を生ずること、電弧の状況により車台に火災を生じ因て乗客に火傷その他致死傷を生ずる虞のある可能性は十分認められ、若し電力工手がその要求されている注意義務を尽しておれば架線の熔断は生ぜず従つて更にこれに起因して生じた本件致死傷は生じなかつたであろうことは十分考え得るのである。次に電力工手長が前記亘り電車線と上り電車線の交叉点の危険を認識し信号扱所に下り電車の同所進入を阻止するためその他の目的で行く際に残留している電力工手等に適切な用語によらないで漫然たる指示を与えた過失信号掛とのこれ亦不正確な言葉による不注意な連絡、電力副長の右危険箇所へ下り電車の進入を阻止する方策を講じなかつた過失、信号掛の不用意な電力工手長との連絡により知り得べかりし下り電車を右危険箇所進入の危険を予知しなかつた過失、電車運転士の前方注視義務懈怠その他の怠慢により右危険箇所への電車を進入させたことの過失等は、右進入によつて生じた原判示のとおりのパンタグラフ破壊、同所と電車線との短絡、電弧発生、車台の火災乗客の致死傷の結果と順次これを発生せしめる可能性は勿論認め得るところであつて、若しこれらの何人かがその要求されていた注意義務を遵守して下り電車の右危険箇所への進入を阻止しておれば、この結果の発生を免れ得る可能性は充分にありえたと推測されるのである。蓋し、電気を通ずる架線と絶縁されていない車体が接触すれば抵抗はほとんどなくいわゆる短絡となり異常電流が生じ電弧を発生しその電弧は相当高熱であること、これに耐火的に弱いものが触れれば熔痕を生じたり火を発したり又乗客が火傷したりすること、いわゆる六三型電車には種々の欠陥あり木造部分多く窓が三段となりそこからの出入が困難であること当時の桜木町行電車にいわゆる六三型電車の連結されている可能性があつたこと、電車の一部分から電弧を発生したりすると乗客が混乱し場合によつてはその死傷を生ずる虞のあること等の事情は本件損害発生当時の国鉄の交通輸送の状況を前提として考察すれば当時の社会通念として当然に考慮さるべき事柄であり、これを前提として考えれば右の可能性の存在は極めて容易に推断されるのであるから、以上の考察により本件被告人等の各過失と結果である本件致死傷との間には冒頭に述べた意味における因果関係の存することを肯認するのが社会通念上妥当と思料されるのである。なるほど所論のように、四分間に亘る継続して電弧の発生が本件損害を生じた直接且つ最有力の原因であつたこと、従つてその前提として当時横浜変電所の高速度遮断器の給電回路が兀型でなくT型であり、第二事故発生の際右変電所の高速度遮断器は動作したが鶴見饋電室の高速度遮断器が動作せず、これがために同所を通じて桜木町方面に依然給電されたことによるものであること、本件事故電車がいわゆる六三型電車でありパンタグラフの絶縁が二重絶縁でなかつたこと、車体に木造部分を多く使用し耐火的に構造上弱いものであり、その他幾多の欠陥のあつたこと、その他諸々の所論のような悪条件が存在していたことは当裁判所も記録上これを肯認するに躊躇しないところであるが、被告人等に注意義務の懈怠があつてその過失と本件損害との間に因果関係の存すること以上説明のとおりであつて、所論のように以上の諸設備の瑕疵が本件被告人等の過失を本件損害発生の原因とすることを排除してその全ての原因であるとまで断定することは、記録を精査検討し、これに当審で事実の取調としてなした各証拠調の結果を参酌しても到底許容し得ないことは既にA弁護人論旨第一、二点に対する判断において言及したところにより明らかである。すなわち、本件においては被告人等の過失と右高速度遮断器、電車その他の設備上の瑕疵とが相互に相寄り相伴つて前者の過失の発展を更に発展拡大し相競合して遂に本件損害を発生せしめるに至つた関係にあるものというべく、この意味において原判決が「被告人武井の業務上過失により第一事故を起したこと、被告人中沢、同平井、同高原、同中村等のうち何人かが一人でもその注意義務を完全に遂行したとしたら本件電車を下り線から十一号イのポイントを経て亘り線を通り判示危険箇所に進入させることがなかつたであろう関係にあつたにかかわらず、いずれもその義務を怠つたためとに因り――」と判示したのは洵に相当であり、且つ前記設備の瑕疵の点を被告人等の業務上過失犯の情状の問題として参酌すべしといつている点は、既に説示したように当裁判所また全くこれと同意見であり、洵に正当な判断と解するものである。従つて原判決には所論のように本件損害の発生に関する原因の認定を誤つたり、これが法令の適用を誤つたりした違法は存しないものと認めざるを得ない。

論旨はいずれも理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!